主要ポイント

  • 責任あるAI(レスポンシブルAI)に言及する求人は、AI関連求人全体に占める割合として、2019年にはほぼゼロだったところから、2025年には平均0.9%まで上昇(対象22カ国平均)。
  • 米国では、法務、研究開発、金融、教育関連の職種で、AI関連求人の中でも特にレスポンシブルAIへの言及率が高い。一方で、テック系職種では一般的なAIに関する記述が多く、レスポンシブルAIに特化した言及は比較的少ない傾向。
  • レスポンシブルAI求人の国際的なばらつきは、AI規制の強さだけでは説明できず、企業の評判や国際的な発信方針といった要因が影響している可能性がある。

求人における「責任ある」AIの言及は、AI求人に占める割合として、2019年ののほぼゼロから2025年には0.9% (本分析のサンプルに含まれる22か国の平均)に達しました。これは、AIの社会実装において倫理的配慮が高まりつつあることを示唆しています。

本分析によると、オランダ、スイス、ルクセンブルクではレスポンシブルAIの言及割合が特に高くなっています。一方、日本、メキシコ、ブラジルではその割合が世界平均を下回っています。これらの差は、単に国ごとのAI規制の違いだけでは説明できません。また、レスポンシブルAIに関する言及が多い職種は、法務、金融、教育など、人間中心的な分野が関連しています。

AI技術の進化に伴い、そのリスク(不正確さ、サイバーセキュリティ、知的財産の侵害など)への懸念も高まっています。しかし、こうしたリスクを認識し積極的に対応する企業と、そうでない企業(少なくとも外向きには)との間には依然としてギャップが存在しています。

本分析は、Hiring LabのAIトラッカーと同様の手法を用いています。一般的なAIトラッカーでは「artificial intelligence」「natural language processing」といったキーワードを対象としますが、今回は「レスポンシブル AI」「ethical AI」など、レスポンシブル AIに特化したキーワードで抽出を行いました。グローバルな求人に対応するため、非英語圏の国でも英語キーワードを含めて分析しています。

求人内のレスポンシブルAIの言及は急速に増加

レスポンシブル AI関連の求人は、2019年にはほぼ皆無だったものの、2025年にはAI関連求人全体の約1%にまで成長しました(AI求人全体もこの期間に増加しています)。とくに2024年以降、その増加スピードが加速しています。比較的大規模な労働市場においては、オランダが1.7%と最も高く、次いでイギリス(1.2%)、カナダ(1.16%)が続いています。

興味深いことに、レスポンシブル AIへの言及は国を問わず比較的一様に増加しています。EUにおけるAI法やより早く規定されたGeneral Data Protection Regulation (GDPR)など、規制の強化が進む欧州で言及率が高くなると考えられがちですが、米国でも2025年3月時点で1.0%と世界平均を上回っており、急速な伸びを見せています。本分析で用いたAI求人の約半数は米国発でした。

8つの選定された市場(オランダ、英国、カナダ、米国、オーストラリア、フランス、イタリア、ドイツ)における、AI関連求人に占めるレスポンシブルAIの言及割合の推移。データは12ヶ月移動平均で2019年1月から2025年3月までの期間を使用。
8つの選定された市場(オランダ、英国、カナダ、米国、オーストラリア、フランス、イタリア、ドイツ)における、AI関連求人に占めるレスポンシブルAIの言及割合の推移。データは12ヶ月移動平均で2019年1月から2025年3月までの期間を使用。

ルクセンブルク、オランダ、スイス、ベルギーでは、レスポンシブルAIへの言及率が他国よりも高くなっています。これは、国際機関や規制当局が集中している点も影響しているかもしれません。一方、シンガポール、インド、スペイン、ポーランドなどはAI関連求人全体に占める割合は高いものの、レスポンシブルAIへの言及は相対的に少なくなっています。つまり、AI求人の需要が高い国でも、レスポンシブルAIへの関心の高さは必ずしも比例しておらず、国ごとのAIに対する態度や実務の成熟度にばらつきがある可能性があります。日本ではテック分野を中心にAIに関連する求人は出てきているものの、レスポンシブルAIとなるとほとんど言及されません。

2025年3月時点での全求人に占めるAI関連求人のシェア(X軸)と、AI関連求人に占めるレスポンシブルAIの言及割合(Y軸)を国別で示している。全ての値は12ヶ月移動平均に基づく。
2025年3月時点での全求人に占めるAI関連求人のシェア(X軸)と、AI関連求人に占めるレスポンシブルAIの言及割合(Y軸)を国別で示している。全ての値は12ヶ月移動平均に基づく。

人間中心的な(ヒューマンセントリックな)職種ほどレスポンシブルAIに言及

米国のAI求人を詳しく見ると、2024年4月〜2025年3月において、レスポンシブルAIの言及率が最も高かった職種は、法務(3.5%)、金融(2.3%)、研究開発(2.3%)、教育・研修(1.7%)でした。大まかには、米国で確認されたこの職種の傾向は、世界的な傾向とも一致しています。

米国において、職種カテゴリ別に、AI求人の中でレスポンシブルAIの言及割合(縦軸)と、AI求人シェア(全求人の中でAIに関連する求人の割合)(横軸)との関係をプロットしたもの。2024年4月から2025年3月までのデータを使用。各円は1つの職種カテゴリを表しており、その大きさは、米国において職種カテゴリの求人シェアに応じてスケーリングされている(すなわち、より大きな円はメジャーな職種カテゴリを意味する。)。青色はテック分野に該当する職種カテゴリ、赤色はそれ以外を表す。
米国において、職種カテゴリ別に、AI求人の中でレスポンシブルAIの言及割合(縦軸)と、AI求人シェア(全求人の中でAIに関連する求人の割合)(横軸)との関係をプロットしたもの。2024年4月から2025年3月までのデータを使用。各円は1つの職種カテゴリを表しており、その大きさは、米国において職種カテゴリの求人シェアに応じてスケーリングされている(すなわち、より大きな円はメジャーな職種カテゴリを意味する。)。青色はテック分野に該当する職種カテゴリ、赤色はそれ以外を表す。

これらの職種は必ずしも技術的に高度なAI関連の仕事というわけではありませんが、潜在的な危害を抑えるため、法律に準拠するため、レスポンシブルAIの活用が特に重視されやすい分野です。たとえば、弁護士がAIを使って複雑な文書を要約する場合でも、法的・倫理的ガイドラインに則る必要があります。金融では、AIによる不正検出や信用スコアリングが進んでおり、公平性や透明性、説明責任が不可欠です。

一方、労働需要が非常に高い小売や飲食サービスなどの職種では、レスポンシブルAIへの言及は限定的です。これは、これらの役割におけるAIの導入が全体的に限定的であり、レスポンシブルAIは、どちらかというとより小規模で専門的な分野に集中していることを反映しています。

レスポンシブルAIの推進要因:規制か、それとも評判か?

スタンフォード大学の「Global AI Vibrancy Tool」を用いて、国家レベルのAI規制環境の強さがAI求人中のレスポンシブルAIの言及率と関連しているかどうかを分析しました。興味深いことに規制だけでは、レスポンシブルAIの言及率と相関関係がないことが確認されました。

例えば、規制が限定できであるにもかかわらず、オランダ、スイス、スウェーデンのような国では、レスポンシブルAIの言及割合が比較的高い水準を示しています。一方、イギリスではAI規制がより強いにもかかわらず、レスポンシブルAIの言及割合は中間的な水準に留まっています。

AI求人中に占めるレスポンシブル AIの言及割合(Y’軸)と、AI関連法規制の強さを示す複合指標(X軸)との関係をプロットしたもの。Y軸は、2025年3月時点の同割合の12か月移動平均を示している。X軸は、Global AI Vibrancy Tool における最新の2023年データを用いて構築されており、AI Legislation Passed(AI法制の成立程度)、AI Mentions in Legislative Proceedings(立法手続きでのAI言及程度)のスコアを、同ツールで公開されている重み付けに基づいて合成している。
AI求人中に占めるレスポンシブル AIの言及割合(Y’軸)と、AI関連法規制の強さを示す複合指標(X軸)との関係をプロットしたもの。Y軸は、2025年3月時点の同割合の12か月移動平均を示している。X軸は、Global AI Vibrancy Tool における最新の2023年データを用いて構築されており、AI Legislation Passed(AI法制の成立程度)、AI Mentions in Legislative Proceedings(立法手続きでのAI言及程度)のスコアを、同ツールで公開されている重み付けに基づいて合成している。

このように明確な相関が見られないということは、他の要因が影響している可能性を示唆しています。一つの可能性として、国ごとの政治制度の違いが挙げられます。一部の国は他の国よりも法規制の導入や検討が行われやすい傾向があります。また、企業レベルでの要因も大きいと考えられます。たとえば、レスポンシブルAIへの取り組みを対外的に明示することは、単なる規制対応というよりも、ブランドや評判戦略の一環として行われている可能性があります。特にグローバル企業は、複数の国で同じまたは類似の求人を掲載することが多く、個別のローカルな規制に関係なく、「グローバル共通の基準」に従うアプローチを採用している場合も少なくありません。

政策的含意と結論

AIによるリスクは、企業が社会に一定のコストを転嫁しているにもかかわらず、自らがその全てを負担していないという意味で、「負の外部性(negative externalities)」と捉えられます。本分析は、このようなAIのジレンマに答えようとする他の研究を補完するものとなり得ます。

現時点では、レスポンシブルAIIの望ましい導入水準がどの程度かは明らかではありませんが、その重要性に対する認識が高まっていることは確かです。仮に、最適水準が現在観測されている1%よりも高い場合には、多くの企業がリスク軽減に向けた投資をまだ十分には行っていないことを意味します。

これまでのところ、比較的AIの規制が厳しい国々においても、規制が緩やかな国々とレスポンシブルAIへの言及率に大きな差は見られていません。これは、レスポンシブルAIの普及には、企業評判への配慮や国際的なビジネス戦略といった、規制以外の要因が同等以上に影響している可能性を示しています。企業は、政府からの規制に応じて行動するというよりも、市場からのインセンティブや企業の社会的責任といった観点から、自らのリスクを内部化しようとしているように見受けられます。

方法

本分析では、求人に記載されたキーワードをもとにレスポンシブルAI関連の求人を特定している。具体的には、「responsible AI」「ethical AI」「AI ethics」「AI governance」「AI safety」といった頻出キーワードを用いており、これらは公的機関の文献(例:UNESCO, OECD)や、AI関連職の求人で実際に使われている表現を参考に作成している。英語、フランス語、ドイツ語、日本語など、サンプル国で使用されている複数言語を対象にしている。

分析対象はIndeedが展開している国のみであり、AI分野の主要国のひとつである中国は対象外としている。

また、本文で対象となっている求人の職務内容だけでなく、職種タイトルについても分析を行ったところ、レスポンシブルAIに関する言及においては同様の傾向が確認されている。

さらに、時系列における職種構成の変化を考慮するため、固定の職種ウェイトを適用した補足分析も実施したが、本文で報告した重み付けを行わなかった場合とと概ね変わらなかったことから、最終的に重み付けを行わなかった結果を採用した。

スタンフォード大学の「Global AI Vibrancy Tool 」に含まれる複数の規制指標を用いた回帰分析も行ったが、どの指標を用いても、規制とレスポンシブルAIの言及率との間に統計的に有意な関係性は確認されなかった。たとえば、法案の審議状況や可決済み法令の有無といった変数も、個別にみた場合に統計的な有意性は確認されなかった。