主要ポイント

  • 日米の労働者は、今後5-10年で生成AIが20-30%の仕事を代替すると事前予想しており、国間で驚くほど似通った見方を示している。生成AIによる仕事代替に関する専門家の情報を受け取ると、人々は見解を更新し、それに応じて経済への見方や行動も変化する。こうした反応は国や個人属性によって異なる。
  • 日本では、生成AIの潜在的な仕事代替に対する期待が、主に投資促進を通じて軽度のインフレをもたらす可能性がある。同様にこの期待は、職場で生成AIを利用する意向を高める。
  • 米国では、生成AIの潜在的な仕事代替に対する期待の経済見通しへの影響について、全体平均では反応が控えめである。一方、大卒以上の高学歴者といった特定のグループでは、慎重な見方が生じており、生成AIによる短期的な労働需要やスキル要件の減少の懸念を増幅させる可能性がある。また生成AIの潜在的な仕事代替率の見解が高まると、高学歴者は投資が促進されないとみる一方で、低学歴者は逆に投資が促進すると期待する。

はじめに:なぜ生成AIに対する労働者の期待が重要なのか

生成AIは、経済に大きな変革をもたらすと期待されています。しかし、実際に経済にとって重要なのは「AIが何をできるか」だけではありません。「人々がAIに何を期待しているか」もまた、経済に影響を及ぼします。たとえば、AIによって生産性が高まり、新たな機会が生まれると労働者が信じれば、将来を見越して今の支出や投資を増やす可能性があります。一方で、仕事が奪われるのではないか、スキルが陳腐化するのではないかという不安が強ければ、消費や投資を控える行動につながり、経済成長に水を差すかもしれません。

実際、生成AIの経済への影響が注目される一方で、その影響がどのように人々の期待や行動を通じて波及していくのかは、まだ十分に明らかになっていません。人々の見方には大きなばらつきがあり、こうした違いがマクロ経済の見通しやAIの職場導入への意欲を左右し、さらに経済にフィードバックを与える可能性もあります。

このような背景のもと、日本銀行、Indeed Hiring Lab、韓国銀行、インディードリクルートパートナーズの研究者は、日本と米国のフルタイム労働者を対象に、大規模なオンライン調査とランダム化比較試験(RCT)を実施しました。研究の詳細は、「Expecting Job Replacement by GenAI: Effects on Worker’s Economic Outlook and Behavior」(BIS Working  Paper No.1269)より閲覧可能です。 同ランダム化比較試験では、生成AIによる仕事代替率について専門家から異なる評価を提示しました。その外生的な情報の違いを活用することで、生成AIによる仕事の代替に関する労働者の期待が、マクロ経済の見通しやAI活用意欲にどのような因果的影響を与えるかを分析しました。

その結果、人々は提供された専門家の情報に応じて見解を更新し、特に将来の不確実性が高い長期的な予測ほど、その更新が顕著でした。日本では、見解の更新がインフレや投資の期待を押し上げる傾向があり、特に高所得層やクリエイティブ職(具体的な職種は「方法」を参照)にその傾向が見られました。一方、米国では、特に高学歴層において、労働需要やスキル要件の減少に対する懸念が強まりました。

これらの結果は、生成AIの経済的影響が、国や属性によって異なる期待や行動を通じて、異なる形で表れる可能性を示しています。

労働者は生成AIから何を期待するか?

専門家の情報を導入する前に、生成AIによる仕事の代替率(1年後・5年後・10年後)について、回答してもらいました。興味深いことに、両国の回答者の中央値はほぼ共通の値を予想しました:

– 1年後には10%の仕事が代替される

– 5年で20%

– 10年後には日本では30%、米国でも33%とほぼ3割

これらの生成AIの仕事代替率の回答は、個人属性によって異なる傾向が見られました。高学歴ほど仕事代替率をやや低めに見積もる傾向がありましたが、米国ではその傾向はやや混在していました。また、米国では生成AIをプライベートで利用している人は、利用していない人よりも、仕事代替率が約5ポイント高く(1年後:15%、5年後:25%、10年後:35%(中央値))予想しており、元々生成AIをより「破壊的(ディスラプティブ)」と捉えているようです。一方、日本では生成AIの利用有無による期待の差はありませんでした。生成AIのプライベートでの利用率自体も、米国69%、日本31%と大きな差があり、生成AIへの接触度や慣れの違いが、人々の捉え方にも影響を与えていることが示唆されます。


専門家の情報がこれらの見解にどのような影響を与えるかを評価するため、回答者を2つのグループに無作為に割り付けました。先行研究による推定に基づき、最初のグループには生成AIが現在の仕事の14%を代替すると情報(「低い代替率の情報」)、もう1つのグループにはAIが仕事の47%を代替する可能性があるという情報(「高い代替率の情報」)を提供しました。

情報提供後も、もう一度生成AIによる仕事の代替率(1年後・5年後・10年後)について回答を求めました。同様に、情報提供前後両方で、経済の見通し等に関する回答を求めました。

生成AIの仕事代替率に関するランダム化実験の概要を示したもの。参加者は、今後どの程度の仕事が生成AIによって代替されると考えるかについて事前回答を行う。その後、ランダムに「低い代替率情報(14%)」または「高い代替率情報(47%)」のいずれかを提示されたうえで、再度同じ質問に事後回答を行う。
生成AIの仕事代替率に関するランダム化実験の概要を示したもの。参加者は、今後どの程度の仕事が生成AIによって代替されると考えるかについて事前回答を行う。その後、ランダムに「低い代替率情報(14%)」または「高い代替率情報(47%)」のいずれかを提示されたうえで、再度同じ質問に事後回答を行う。

専門家の予想が意識を変える

労働者は、生成AIの仕事代替率に関する専門家の予測値を得ると、その仕事代替率に関する見解を更新します。日本では、1年後の生成AIによる仕事代替率について、専門家の予測値を受け取る前の事前の個人回答が専門家の予測値よりも仮に1%低ければ、事後の回答として平均的に0.03ポイントほど生成の仕事代替率の値を上昇させます(同様に、専門家の予測値を受け取る前の事前の個人回答が専門家の予測値よりも仮に1%高ければ、事後の回答として、専門家の予測値に近くなる様に平均的に0.03ポイントほど生成の仕事代替率の値を低下させます)。5年後では平均して0.07ポイント、10年後では平均して0.11ポイントと、さらに大きく更新され、これは未来の不確実性が高まるほど、更新しやすいことを示しています。米国でも同様の更新が見られます。

更新(個人の事後と事前の見解の差)に対する、ショック(専門家の予測値と個人の事前の見解の差)に関する係数推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。
更新(個人の事後と事前の見解の差)に対する、ショック(専門家の予測値と個人の事前の見解の差)に関する係数推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。

個人の見解変化後の生成AI利用意欲:意外なギャップ

生成AIの仕事代替率に関する見解の更新は、重要なことに、人々の生成AI利用意欲に対する見方を変化させる可能性があります。

日本では、生成AIの仕事代替率に関する情報を得た後に、職場での生成AIの使用意欲が高まりました。他方、米国では当該情報を得ても、、職場での生成AIの使用意欲には結びつきませんでした。重要なことに、日本の労働者は、潜在的に高い雇用代替リスクを知った後、仕事で生成AIを使用する意欲が顕著に増加しました。これは、日本では生成AIの導入率がまだ低く(今回の調査では、日本では31%の回答者しかプライベートでの利用を報告していない)、「キャッチアップ」効果の余地が残されているためかもしれません。対照的に、米国の労働者、特に大卒以上の高学歴の労働者は、将来の労働需要やスキルの必要性について懸念を強めており(詳細は後節参照)、これは、米国ではプライベートでの生成AI利用率(69%)の高さを反映したもので、リスクを認識するにつれて、熱意というよりも懐疑心が高まる可能性を示唆しています。この日米のギャップは、Indeedの生成AIトラッカー(生成AI関連求人のシェア)における日米のシェアの違い(2025年4月末時点で生成AI関連求人のシェアは、日本:0.16% 対 米国:0.26%)からも示唆されます。

更新が生成AIを職場で利用する意欲に与える限界効果推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。したがって、日本においては統計的有意であり、日本では仕事代替率の見解が高まると、生成AIの利用意欲が高まる結果:1年後の生成AIによる仕事代替率の人々の予想が1ポイント上がると、職場での生成AI使用意欲は4.9ポイント上昇、5年後や10年後の予測で1ポイント上がると、生成AIの使用意欲はそれぞれ2.2ポイント、1.4ポイント上昇。
更新が生成AIを職場で利用する意欲に与える限界効果推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。したがって、日本においては統計的有意であり、日本では仕事代替率の見解が高まると、生成AIの利用意欲が高まる結果:1年後の生成AIによる仕事代替率の人々の予想が1ポイント上がると、職場での生成AI使用意欲は4.9ポイント上昇、5年後や10年後の予測で1ポイント上がると、生成AIの使用意欲はそれぞれ2.2ポイント、1.4ポイント上昇。

生成AIの影響に対する個人の見解が変わった際に、経済の見通しに変化が生じるか?

日本では、人々が生成AIの労働市場への影響に関する考えを更新すると、全体的に生成AIから生じる投資需要の増加を期待し、結果として物価上昇となる見方を示しています。一方、米国では、人々が生成AIに関する情報を受け取った後も、全体的に平均的にはインフレや経済成長の人々の期待について大きな変化は見られませんでした。

生成Aの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。
生成Aの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果推定値。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。

これらの結果は、生成AIの期待に対する経済的意味合いが、国によって、あるいは潜在的には個人の特性によって異なることを示唆しています。

このことをさらに探るため、生成AIあるいはAI全般に対する見方が個人属性によって異なる(例えばBabina et al. (2023), Zhang & Dafoe (2020) 等)と考えられているように、生成AIに対する見方が経済への期待に働きかける影響度合いも個人属性によって異なるか、調査しました。

日本では、以下の傾向でした。

  • 高所得層とクリエイティブに関連する職(具体的な職業は「方法」を参照)の労働者が強い反応を示す。
  • 例えば、クリエイティブ関連職の労働者では、1年後の生成AIによる仕事代替率を1ポイント更新すると、民間投資の成長率の期待は0.57ポイント、消費者物価指数の期待は0.59ポイント上昇。生成AIが促進する新産業への投資需要が、インフレ期待を引き上げる要因になっている可能性を示唆している。
日本において、生成Aの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果を学歴軸(大卒未満・大卒以上)、所得軸(低所得層・高所得層)、職業軸(クリエイティブに関連する職かどうか)、で分類して推定したもの。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。
日本において、生成Aの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果を学歴軸(大卒未満・大卒以上)、所得軸(低所得層・高所得層)、職業軸(クリエイティブに関連する職かどうか)、で分類して推定したもの。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。

米国では、以下の傾向でした。

– 大卒以上の回答者が、生成AIが労働市場に与える影響を懸念:1年後の生成AIによる仕事代替率を1ポイント更新すると、1年後の労働需要が8.3ポイント、スキルが9.1ポイント減少すると予測。この結果は先行研究(例: Babina et al. (2023))とも似た傾向。

– 投資への期待も学歴によって異なる:大卒の回答者はより少ない投資を、その他の回答者はより多くの投資を期待。これは、生成AIが経験やスキルを有する労働者の潜在的な暗黙知の活用を容易にし、結果として労働者の生産性の個人差を縮める先行研究の結果(例:Brynjolfsson, Li & Raymond (2023)Noy & Zhang (2023))とも似た傾向。

米国において、生成AIの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果を学歴軸(大卒未満・大卒以上)、所得軸(低所得層・高所得層)、職業軸(クリエイティブに関連する職かどうか)、で分類して推定したもの。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。
米国において、生成AIの仕事代替率の見解更新が経済への期待に与える限界効果を学歴軸(大卒未満・大卒以上)、所得軸(低所得層・高所得層)、職業軸(クリエイティブに関連する職かどうか)、で分類して推定したもの。エラーバーは95%信頼区間を表す。***,**,*は推定値が統計的に1%有意・5%有意 ・10%有意を表し、これらに該当する推定値はバーの色を濃くして記載。

日本と米国の結果の差について考えられる理由として、日本では生成AIの利用率がまだ低く、労働力不足がより深刻な状況にあるため、生成AIが労働市場に与える影響をむしろ経済成長や革新のチャンスとして積極的に捉えることが考えられます。一方、米国では生成AIが既に広く普及していることから、現実的かつ具体的な影響を認識しやすく、慎重に対応策を模索しているかもしれません。

まとめ:採用企業と政策立案者への示唆

本研究の結果から、今後の採用企業や政策の議論に資するいくつかの視点が得られます。

1.国によって生成AIへの姿勢は異なる:生成AIに対する意識や期待は国によって大きく異なります。導入やコミュニケーションの方針は、各国の文脈に応じて調整する必要があるかもしれません。

2.労働者の不安への配慮が求められる:情報・コミュニケーション次第で生成AIに対する期待は変わります。米国では、高学歴層ほど生成AIによる役割変化に不安を抱く傾向があります。どのようにAIが人の仕事を「補完する」かを丁寧に伝えることが、安心感につながるかもしれません。

3.人材育成への投資が有効:生成AIに学習意欲を示す労働者は多い一方で、実際の活用にはばらつきがあります。特に日本ではその傾向が見られ、企業が研修やサポートを通じて後押しする余地があります。

4. AIに対する期待を、将来の動向を読み解く手がかりとして注視する:労働者の生成AIに対する期待は、単なる意見にとどまらず、学習や転職などの行動に影響する可能性があります。これらの期待を、将来の労働市場の変化を予測するひとつの手がかりとして活用することも考えられます。

方法

本研究の詳細は、Yusuke Aoki, Joon Suk Park, Yuya Takada, and Koji Takahashi (2025) “Expecting Job Replacement by GenAI: Effects on Worker’s Economic Outlook and Behavior”, BIS Working  Paper No.1269に記載。

同論文では性別・年齢・学歴・その他様々な軸で因果的影響の異質性を分析しているが、本記事では重要と考えられる3つの軸(学歴・所得・クリエイティブに関連する職業かどうか)の結果を選択して掲載。

クリエイティブな職業については、オンライン調査の定義に基づき、業務内容がWebサイト・インターネットサービス、ゲーム・マルチメディア関連、広告・グラフィック関連出版・印刷関連、映像・音響・イベント・芸能・テレビ・放送関連、ファッション・インテリア・空間・プロダクトデザイン関連に該当するものを表す。

高所得の分類については、日本では年収1000万円以上、米国では年収100,000米ドル以上と定義。

本分析では、「見解の更新」を重視している。人々の期待や見解は静的なものではなく、新たな情報や知識によって常に変化するものである。期待がどのように形成され、どのように変化するかを理解するには、情報による「更新プロセス」そのものを捉えることが重要と考えられる。また、期待や見解はしばしば内生的な構造(endogeneity)を持つ。たとえば、もともと楽観的な人ほどAIの代替率を高く見積もる傾向があると同時に、経済見通しや投資意欲も高くなる可能性がある。このように、個人の特性に起因する要因が複数の変数に同時に影響を与えるため、単純な相関だけでは因果関係を正しく識別することが難しい。そのため本研究では、専門家による生成AIの代替率予測を操作変数として用いることで、期待の変化が経済見通しや行動に与える因果的な影響を分析している。